思い出の中のPC PC-9801 N5200

PCに搭載されるCPUが 8bit から 16bit に変わる時期。

それは、Windows が登場する前夜、
PCが知的なおもちゃから、業務用ツールに変貌する時期でした。

i8086 を搭載する PC-9801 が世の中を席巻しだしました。

日本国内では 「98 でなければ PC でなし」の流れの中、デファクトスタンダードを
確立し後のガラパゴス携帯もかくありきや。の状態でした。

私も、会社の稟議を3枚ほど書き上げPC-9801を弄り始めたのでした。

当初は、仕事のふりをして全くの個人的好奇心を満足させるべく LifeBoat の C コンパイラ
を使って「プログラミング言語 C」を読み進めていったものです。

その頃、同時に進めていったのがリレーショナル・データベース RDB(今ではあえて[R]を
つけることなく[DB]と呼び習わすことが常となっていますが)の dBase。
ワタシ的にはこのdBase のマニュアルが今まで触れてきたどのソフト、ハードのそれよりも
わかりやすいマニュアルでした。

それまで、COBOLのマニュアルを読みながら居眠りをしていた身にとって
小説仕立てのチュートリアル、ガイドツアーは一気に(3日ほどで)読み進め
dBaseの概略(ということはRDBの概略:SQLの概略)を掴むことがデキたのでした。

閑話休題、当時会社にはバロースのメインフレームが稼働しており、その鎮座ましたる
コンピュータルームは、やや過度なる冷房が常時施されており、夏場30分程度の昼寝には
うってつけの場所でした。

別段、OnLineSystemが稼働しているわけでもないので、ブンブンうるさくもなく、動いているのか?
止まっているのか? 判然としない体でした。

そのバロースの償却期間の終了と、先述のPC-9801の並行機 N-5200 の登場がかぶってしまったのです。
N-5200 は NEC誇る メインフレームOSの流れを汲む P-TOS OSが搭載せれておりました。

バロース・メインフレームの代替機選定会議の末席に加えられた(見方によっては割り込んだ)ワタクシめは
現状バロースで処理されている業務を調査し,世のダウンサイジングの流れに無理やり飛び込み
1台のメインフレーム -> 複数台の PC への転換を 強固に主張いたしました。

ここには、
1)一部の特権グループになりつつあった 社内SE の引き下ろし
2)業務の一部ハードウェアへの依存を断ち切る
3)ワタクシ的な好奇心の充足
が隠されていました。

メインフレームとPCの価格差
** 2000万円以上(メインフレーム):50万円X4台=200万円程度(複数のPC)の対比
で議論の主導権を握ったワタクシは決議を手にしかかったのですが、敵もさるもの
PC-9801+MS-DOSでは容量、能力で不十分。COBOLの安定して動くワークステーションとして
N-5200を押してきたのです。
**未だに一般的に言われているこの「容量」が何を指すのかよくわかりません。。

N-5200に搭載されている P-TOS は
メインフレーム用 OS ACOS
オフコン用 OS ITOS
の流れを汲む NEC独自OSでした。

COBOLプログラマーの視線からは、NEC系OS と FUjitsu FACOM OS もFileSystemの「感じ」
JobStream(NEC,Fujitsu どちらだっけ?)の取扱はほぼおなじ様に感じています。

価格的には 量販の効く PC-9801 に比し、秋葉原・日本橋の PCショップにはあまり出回っていない
N-5200 は2−3倍の水準でした。

ワタクシはCOBOLの学習をこのN-5200で集中して行うことがデキたので
ある程度ハッピーでした。